モリタ株式会社(札幌市)さんを訪問してきました。

モリタ株式会社。北海道札幌市にある昭和7年創業の会社です。何をやっている会社なのか、社名からでは判断ができません。しかしひょっとしたらあなたはどこかですでに、この会社が作ったものを目にしているかもしれません。

ここ数年「お洒落な箱が増えたな」と感じている人も多いのではないでしょうか? 例えばプレゼントやお土産をもらった時。箱を開ける前から世界観が伝わってくる。箱を目にした瞬間からドキドキがはじまる…。大きさやカタチ。手にした質感。表面に描かれたデザイン。そして箱を開けると…。

送る側も送られる側もワクワクする。そんな演出をしてくれる箱を作っているのが、モリタ株式会社。そう、箱を作る町工場なのです。コーヒー、お酒、化粧品、陶器、ピザ、帽子、お米…。それらを内側に入れるオリジナルパッケージの紙箱がここでいくつも作られてきました。

今回はそんなモリタ株式会社の代表取締役社長である、近藤篤祐さんにお話をうかがいました。

デザインへ舵をきったことが次の扉を開けた

「弊社はもともと札幌の老舗百貨店のギフト用紙箱を一手に担う製造会社として、1932(昭和7)年に創業しました。しかしバブル崩壊や北海道拓殖銀行の破綻など、著しく後退する北海道の景気と歩を同じくして売上が低下してきました」と近藤さん。またネット通販の浸透とともに、ギフト自体が大口の法人ベースから、小規模な個人消費の時代へ。同社にとってまさに逆風が吹き荒れる状況でした。

そこで「デザイン」に活路を見出したのが、2007年に中途入社した近藤さんでした。とはいっても前職は商社。デザインの世界とは無縁に生きてきた近藤さんは、まずは自身がデザインについて勉強する必要があると考え北海道芸術デザイン専門学校の夜間部に入学。ここで学ぶことが、札幌のデザイナーたちとの出会いにつながっていきます。

やがて近藤さんは前田麦さんやCOMMUNE(コミューン)の上田亮さんなど、札幌を代表する当時の若手デザイナーたちと親交を深めることに。そのひとつが、お互いが好きなハコを持ち寄ってそれを眺めたり触ったり意見を交わしたりする、不思議な飲み会でした。そうした交流がさらにひとつのイベントへとつながっていきます。

2012年の「HAKOMART」の様子。

それこそが「会社に大変革をもたらした」と近藤さんが語る2012年の「HAKOMART(通称:ハコマ)」。お気に入りの箱を眺める飲み会だけでは飽き足らなくなったデザイナーと近藤さんたちは、自分たちでオリジナルデザインの箱を作って展示会を開くことにしたのです。ハコの製法などに誰より詳しい箱プランナーの近藤さんと、クリエイティビティ溢れる若きデザイナーたち。この両者がクロスしたからこそ生まれたイベントでした。

しかしこのイベントを実現するためには、どうしても力を借りないといけない存在がありました。それが工場の職人たち。「それまでどちらかというと決まった規格のものだけを、たんたんと作り続けていました」と近藤さん。一方、デザイナーの求めるクリエイティブに満ちたハコは手間も多く技術的な繊細さも要求され、一癖も二癖もある代物。ただでさえ忙しいのに、そんなものを持ち込んできて…。近藤さんと工場の現場には軋轢が生まれ、ついには職人たちが近藤さんの机のある部屋に乗り込んでくる事態に。そこはなんとか納得してもらいイベントに向けて箱の製作を進めてもらいましたが、現場を預かる職人たちの疑心暗鬼は残ったままでした。

そうして迎えたイベント当日。場所は札幌の人気コーヒーカンパニー、アトリエ・モリヒコが経営する『プランテーション』。「箱の展示会にいったいどのくらいの人が来るんだろう?」と主催した近藤さん自ら疑問に思っていたイベントには、連日驚くほどたくさんの人が押し寄せます。その様子を目の当たりにした工場の職人たちにとっても、「デザインに活路を見出す」という近藤さんが打ち出した方向性への疑心暗鬼が一瞬にして晴れ、自分たちの技術に対する誇りが生まれた瞬間でした。

その後も近藤さんはデザイナーとの交流を大切にしていきます。その中で生まれたのが「エゾマツクラフト」。オホーツクにある津別町の木工所「加賀谷木材株式会社」の端材を利用し、デザイン会社であるCOMMUNEの上田亮さん、板紙製造メーカーの大和板紙株式会社とのコラボレーションから生み出された、北海道らしさ溢れるオリジナルの板紙。日本では北海道でしか生育しないエゾマツを使うことで、北海道の自然をリスペクト。端材のつぶつぶ感と相まって木の風合いを再現しているため、箱紙のパッケージとして高級感とナチュラルな優しさが共存しています。この「エゾマツクラフト」を使った様々なパッケージがその後に生み出されていきました。

企業向けの商品パッケージでいくつもの実績を築いた同社の次の挑戦が、一般消費者向けの自社オリジナル商品。それが『​紙箱収納 MiNiMuM space』。この作品もまた、箱のことを知り尽くした近藤社長、札幌で活躍するグラフィック・デザイナーの足立詩織さん、そして工場の職人たちという3者の存在があるからこそ、生み出された商品です。

名前のとおり、見た目はシンプルでコンパクト。手にした時の触り心地も、紙ならではの優しさがあります。折りたたまれた箱を開けば、整理整頓された気持ちの良い収納空間。デザイナーの足立詩織さんは、“小宇宙”からインスピレーションを得てコンセプトメイクをされたそう。いろいろしまえるちょうどいいサイズ、内側にはカラーリングをほどこし、ミニマムな中に広がる小宇宙を表現しています。

実はグラフィック・デザイナーとして数多くの実績がある足立さんにとっても、プロダクト・デザインの仕事は初めて。同じデザインでも両者は似て非なるもので、そこを超えるのは容易ではないのです。しかしそれが実現したのは、箱プランナーである近藤さんとの二人三脚だったから。これほど心強い存在は他にいません。そして足立さんの描いたデザインを実際のカタチにする職人の技術。丁寧な仕事が伝わるような完成度の高いディテイルになっています。「プランナー×デザイナー×職人」という同社の必勝スタイルが、自社オリジナルの一般消費者向け商品という新しい挑戦にも活かされています。

取材の最後に、近藤社長に案内してもらい、職人のみなさんが働く工場を見学させてもらいました。挨拶をすると忙しい中でも手を止めて丁寧に返してくれるみなさん。緊張感のある張り詰めた雰囲気とは違い、穏やかで優しい空気が流れる中、手元の作業にすっと集中している。そんな姿が印象的でした。高級木箱の製造技術を紙箱に転用した、モリタを代表する加工技術「Vカット」もまさに作業中。ほんの少しのミスで、それまでの全てが台無しになる大切な工程。見ているこちらが手に汗を握るような瞬間も、職人さんはさすがの動きで進めていきます。また箱に金箔が箔押しされていく様子も印象的。何もなかった箱の表面に一瞬にして美しいデザインが現れる様子はまるで魔法のよう。

こうやって大切に作られていく『紙の箱』。自分のデスクの片隅に、あるいは大切な人への気の利いたプレゼントとして、ぜひ手に取ってみてください。

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