24KIRICO(札幌市)さんを訪問してきました。

ふわっと軽く、やわらかな手ざわりで、しっとりと肌に吸いつくような心地よさ。カラフルな色合いがうつくしく、幾何学的で、立体感のあるデザインは一度見ると忘れない。

北海道札幌市で、エゾシカ革をつかったバッグや小物の制作、販売を手がけているのが、24KIRICO。

北海道では農業や林業への被害、交通事故の増加など、社会問題となっているエゾシカ。
少しずつ食肉としての認知は広まってきていますが、皮の活用は捕獲された個体の5%しか流通しておらず、これまでもほとんどが破棄されていました。そんなエゾシカ皮の資源としての可能性にいち早く気づき、注目される前からずっとエゾシカ革を素材に作品をつくり、世の中に新たな価値を産み出し続けてきた女性がいます。

訪れたのは、丸井今井札幌本店で開催されていたイベント「Hokkaido Lifestyle Design」。

エゾシカ革を使ったバッグや小物が、まるでアート作品のように並んでいました。これらをつくっているのは、株式会社24K 代表の高瀬 季里子(たかせ きりこ)さん。後日、工房におじゃまして、ゆっくりとお話をお伺いすることになりました。

工房が入っているビルに到着し、インターホンを押すと「あまり人をここに呼ぶことはなくって・・・狭くてごめんなさいね」と、高瀬さんがあたたかく迎えてくれた。

札幌市に生まれ、もともと狩猟をされていたお父さんの影響で、幼いころから鹿肉を食べて育ったそう。小学生のころ、コムデギャルソンやヨウジヤマモトなどが海外で注目されていて、華やかな世界で活躍するファッションデザイナーにあこがれる。

高校生の時、運よく友人のお姉さんにチケットを取ってもらい、札幌で唯一の開催となったヨウジヤマモトのコレクションにて衝撃を受け、ファッションデザイナーになりたいと思い、大学は武蔵野美術大学 工芸工業デザイン学科に進学。

「服をつくるなら生地からつくりたいと思って、大学ではテキスタイルを専攻していました。平面から立体になるというコンセプトで作品づくりをしていました」

東京は札幌と比べると情報量が格段に多く、刺激的で楽しい毎日だった。卒業後はそのまま東京で働こうかと思っていたけれど、あることがきっかけで札幌に帰ってくることに。

「父が鹿を狩りに行って、怪我をして倒れてしまって。札幌に帰って、働くことにしたんです」

なにか、北海道で仕事をする意味を見つけたい。そう考えていた時に、東京でのアルバイト経験が役立つこととなる。

「ふらっと下北沢を歩きながら、やりたいことを探していたんです。そんな時にたまたま入ったのが、レザークラフトのお店。自分の技術として身につけたいと思って、見つけたその日に『アルバイト募集していませんか?』と飛び込みました。たまたま募集していたタイミングで、運よくそこで働かせてもらえることになったんです」

ここで素材としての「革」にであう。

「24歳のころは北海道の素材を使って何かやりたいなと模索していて、最初は白糠(しらぬか)町の羊の毛皮を使ってみたりしていました。”北海道でしかできないもの”を自分でつくりたかったんです」

そして最後にたどり着いた素材が、エゾシカ革だった。

アルバイトで培ったレザークラフトの技術。そして北海道ならではの素材。この2つがつながり、エゾシカの皮をつかってものづくりをはじめることに決める。

しかし、最初は周りに反対されることも多かったのだそう。「社会問題になって増えてきている鹿を活用したい」と誰もが思っていたものの、まだ誰もやっていなかったこともあり、みんな無理だという意識が強かった。

素材としてエゾシカ革を流通させ、製品にする。難しいことはわかっていながらも、2008年、鹿革をつくるところから高瀬さんの挑戦がはじまった。

もともと鹿革は流通がなく、皮をなめしてくれる業者も北海道にはいないため、自分で鹿革を買い取り、加工業者へ送る必要があった。生ものなので途中で半分くらい腐ってしまったことも。たくさんの失敗を乗り越え、だんだん使える皮がわかるようになり、加工業者やなめし業者の方々とノウハウをいっしょにつくりあげてきた。

「周りの反対を押し切ってまでもやり続けたのは、意地になっていたのかもしれません(笑)あとは、いい革を見てしまうと、次は絶対に成功する!と思ってしまって。素材として、やっぱりすごくよかったんですよね」

ようやく出来上がった鹿革で最初につくったのは、今でも24KIRICOの象徴ともいえるバッグだった。

「大学時代に作品のテーマだった”着ることで平面から立体になる”というコンセプトを、いちばん表現しやすいのがバッグでした。これも平面を組み合わせてつくっているんですよ」

展示でも一際目立っていたカラフルなバッグはすべて高瀬さんがかんがえ、つくったもの。

エゾシカ革をつかい、ものづくりをしている人は少しずつ増えてきていて、いまでは作家さんや使いたい人に鹿革の販売もしているのだそう。

「SDGsやエシカルなど、持続可能な社会をつくっていくという時代性が合ってきたんだと思います。いろいろな企業様からお話をいただいてコラボレーションすることも。当時はそんなことになるとは、まったく思っていませんでした」

「あたりまえのことが求められているのかもしれないですね。いままでは疑問に思わず、好きなデザインで服やバッグを選んできたけれど、もので溢れてきて自然災害や社会問題、つくられるまでのストーリーを、みんなが考える時代になったのかなと」

単純に「デザインが好き」と買ってくれる人もいるが、高瀬さんの思いに共感し、社会問題に貢献したいという思いを持ち、応援してくださる人も増えているのだそう。

北海道では深刻な問題となり獣害とされているエゾシカだけれど、鹿肉を食べて育った高瀬さんは、鹿との深い縁を感じている。

「もちろん社会問題を解決したい気持ちはあってなんですが、ただつくりたいものをつくるだけではなく、役に立つものづくりがしたかったんです。エゾシカ革という素材は、ものづくりを追求していったときに自分のルーツや生まれ育った環境、やりたいことが不思議とはまっていったんですよね」

2010年には「EZO bag」、2015年に「EZO/slashシリーズ」が、札幌の暮らしの中から生まれた製品ブランドで、札幌らしさを基準に審査・認証される「札幌スタイル」の認証製品に登録された。

会社名「24K」にはこんな思いが込められている。

「24ってわたしのラッキーナンバーなんです。24日生まれで、24歳の時に工房をオープンして。Kはわたしの名前の頭文字と、24金という意味を込めています。純金といわれる24金は、18金や10金などにくらべて不純物がなくて、やわらかいんです。純金のように希少で、かがやきの高い、純度の高い作品をつくりだしていきたい。そんな思いを会社名に込めました」

そう話す高瀬さんがつくる作品は、どれもデザインにたいするこだわりを感じる。独創性は高いのだけれど、使いやすい。まるで日常にとけこむアート作品のよう。

鹿革は繊維の構造が牛革などに比べるゆるやかに絡まっていて、やわらかくて、ふんわりとした質感が魅力。通気性や保温性にも優れていて、バッグには意外とたくさん物が入るのだそう。バッグには金具を使っていないため、ストレスなく使えることも魅力。

実際に鹿革を裁断するところを見せてもらえることになった。工房の奥にある鹿革が保管されている倉庫から鹿皮をテーブルに出し、その中からどの鹿革がいちばんつくりたいものに合っているかをかんがえる。

選んだ鹿革に型を重ね、慣れた手つきで迷いなく、まずは少し大きめに断裁して、実際のサイズに調整していく。

「鹿には個体差があるので、用途によって使い分けをしています。オスやメス、大小など、見極めることが大切です。裁断して残った鹿革もとっておいて、フリルのようにしてバッグにしたり、アクサセリーにしたり、無駄にしないようにしています」

裁断の時にでた端材をフリルのようにあしらったバッグ。

いままででた端材は、ひとつ残らず大切にとってあるのだそう。イヤリングやヘアゴム、バレッタなどのアクセサリーひとつひとつのデザインにもこだわりを感じる。

機能面でも優れているいい素材だからこそ、北海道の素材として確立することが、高瀬さんの夢のひとつ。

「エゾシカ革をひろめたいと思った時に、小物のほうが手にとってもらいやすいかなというのもあって。日常を彩るようなバッグや名刺入れ、財布などをつくっています。ゆくゆくは洋服もつくりたいですね。自分にしかできないデザインをこれからも追求していきたいです」

アルバイトのお話をお聞きして、飛び込み力がすごいなあと思っていたら、実は全くなかったのだそう。「人前でしゃべることも、実は写真も苦手なんです。しゃべらなくてもいいからものづくりに進んできたのに、作品の説明でしゃべる場面も増えてしまいました(笑)」

きっとアーティストであれば、作品を説明する必要はないのかもしれない。でも、高瀬さんはアーティストとデザイナー両方の魅力をもちあわせている。

「自分の肩書きって、今でも言いづらいんです。受け取る側が自由に取ってもらえたらいいのかなと思っていて、アーティストとデザイナーどっちかじゃなくて、間をずっととってきたような気持ちでいます」

アーティストとデザイナーの間にいる、高瀬さんらしいオリジナリティにあふれた作品。ぜひ一度、実際に手にとって、魅力を味わっていただきたい。

グランビスタギャラリーで開催された個展<Circle>の様子を360度パノラマVRでご覧ください。

関連記事