ウサギとふわふわとした絵が印象的な黒羽陶工房さんの食器。日々の生活のパートナーのような『友達になれる食器』を手掛けているのが染付作家・黒羽じゅんさんです。
出身は東京都ですが、2歳から札幌で育ちました。武蔵野美術大学工業工芸デザイン学科陶磁コース卒業後、京都の清水焼窯元やデザイン会社で就業した後に今のスタイルを確立するきっかけとなる長崎県の波佐見焼窯元に出会います。そこで磁器土の白さ、やわらかさ、染付けの表現の深さが札幌のイメージと重なり、1999年に札幌で黒羽陶工房を立ち上げました。
黒羽さんの最も大切にしていることは、日々の生活のパートナーのような『友達になれる食器』であること。元々は絵が大好きな子供で小学生の時は画家を、高校生の時は絵本作家を目指していました。そうして進学した武蔵野美術大学で「
絵本から陶芸へ。作るものは変わっても、「作品の中に世界を作りたい。」という思いは変わっていませんでした。そして、毎日使う食器だからこそ使う人に寄り添えるようなものを作りたい、私ならできると感じ大学卒業後は京都の窯元へ就職します。
京都の窯元の後にデザイン会社で働き、今のスタイルを確立するきっかけとなる長崎県の波佐見焼窯元に出会います。黒羽さんの食器に必ずウサギが描かれているのは、図案として何匹も何匹も描いている時に「飛躍」を意味する吉兆柄とされていることを知ったから。それから器の中にはウサギが住んでいるのだと感じるようになりました。黒羽陶工房の立ち上げ当初は今よりも動物っぽいデザインでしたが、「黒羽じゅん」というフィルターを通して徐々に器のなかでウサギが生活するようなっていき現在のような可愛らしいデザインに辿り着きました。時には食器の裏側にお皿洗いをする人だけが会えたり、よく見ないと気付かなかったりと登場の仕方は様々です。
デザインは器の形に合わせてお料理や飲み物が入った時に一番かわいくなるよう、どこにどんなウサギを描くか具体的に構想を考えます。この形にはこの絵があるといいな、こうだったらいいなを書き込んでいき”柄”ではなく一つの”作品”になるように世界観を落とし込んでいきます。
それぞれの食器の中にストーリーが感じられ、ウサギの表情からどんな会話をしているのか、どんな気持ちなのかを想像してしまいます。
染付けの様子
染付け作業を見ることができました。染付けとは、素焼きの状態の食器に絵の具を乗せて絵柄をつける作業です。まずは鉛筆を使って構図を書き込み、マスキング液で白く残したい部分をコーティングします。
ここからが黒羽さんの大好きな時間。目や模様を描き込んだ後に、たっぷりと水分を含ませた筆を使い陰影をつけます。使うのは筆と絵具だけ。色を濃くしたい部分に水分を置いていく感覚で、濃み(だみ)という筆の技法を応用しています。絵具がじんわりと染み込んでいくのを待っているのが至福の時間です。使用している絵具は、鉄分を多く含んでいるので焼く前は茶色。焼くと淡い青色になります。
全体に色をつけるのではなく、どんな流れにするのかを考えながら何層にも重ねていきます。黒羽さんの作品の特徴でもある立体感やニュアンスを表現するのに大事なポイントです。ていねいに時間をかければかけるほど、ふわっとした雰囲気を出すことができます。
完成に近づく頃には絵の具がのっていない箇所はほとんどなくなります。染付けが終わると釉薬をかけ焼きに入ります。陶器の表面をガラス質で覆うことにより、絵の具の成分が触れる面に出てこないので安心安全に使用することができます。また、塩素漂白も可能で、食洗機にかけられる丈夫な食器になります。
最初の鉛筆の下書き以外はフリーハンド。黒羽さんのその時の感性が反映されています。ですから、同じ構図でも一つ一つ模様や陰影のつけ方が違います。もちろんウサギの表情だって。食器全体ではほんの小さな点線の目ですが、ウサギがそれぞれの意志を持っている様に感じられます。大胆かつ丁寧に、本当に楽しんで染付けしているのが私にも伝わってきました。「いつも染付けの時はのりのりで、口元が緩んでいて恥ずかしいからあまり他の人に見られてくないのよね。」とも話してくださいました。
「ウサギがお手に渡った人のお家に住んで、一緒にお食事を楽しんでいただけたら、こんなに幸せなことはありません。」と黒羽さんは言います。目に入った時、ふっと心が和む。そこにいるだけでいい。そんなウサギをお家の一員としてお迎えしてみてはいかがでしょうか。